涅槃寂静の鏡
「一緒に 行こうか。」
旅芸人の美しいお姉さんが 子猫を抱きかかえて見詰めている。
… えっ
斜め前 アリアさんの席からは 小さく驚きの声が聞こえて アリアさんは固唾をのんで 半にゃライダーの
行く末を見守っている。
… 此処は 勿論YES だよなぁ それ以外の選択肢ないだろう。
左横 ハロルドの席からは欲望に塗れた感想が だだ漏れている。
… 一寸待ってください 安定した生活を捨てて 衣食住不安定 保険も身分証明も不可能になるのですよ。
斜め前のからは 貯金箱の妙な現実的な意見が呟かれている。
本人が 一番浮世離れしていると突っ込みたくなったのだが。
… 此のシアターの近所に 美味しいラーメン屋があるのかぁ…
今更 誰の呟きかと考えたくもないが ラーメン… オレの独断と偏見による日本で食べたい物 ベスト10に入っている。
因みに トップはカレーだったり とんかつだったり ヤキトリだったり…
子猫は もぞもぞと… 其の真直ぐに見つめてくる視線に耐えられないと言った風情で 抱きかかえている腕から逃げる。
子猫は はたっと気付き 恐る恐る 旅芸人の女性を見詰める 縋る様に。
女性は 何かを感じ取ったのか 少し悲しそうな いや 凛とした表情を浮かべ きっぱりと否定する。
「違うよ 役に立つからとか そんな事ではないよ… 唯…」
そう 先日の市でにぎわう広場で 歌い演奏し 客を集めていたのだが 其処へふらふらと子猫が楽に惹かれて
飛び入り参加し 楽に合わせて踊った。
見物人からは やいのやいのと… 賽銭が飛び交い 大成功をおさめた。
「ただ 苦しそうだから…」
女性は 其れだけ言って 子猫を抱き締めている手を放した。
… 何故 そこで 腕から逃げる おいしいのに
欲望だだ漏れの言葉が ひっそりと溜息と共に吐き出されて… 子猫の苦悩を無にする。
そう 子猫の小さな頭の中には 最近起きた出来事が渦巻いて どうしたらいいのか分からなくて…
「半にゃライダー カッコイイよねーー やっぱり大きくて頼れる感じで きりりとした雰囲気が素敵。」
「半にゃライダーちゃん いいよねーー やっぱりアイドルって感じで。」
「半にゃライダー 渋いよね 強くてカッコイイ大人って 魅力的だよね。」
皆が皆 自身が思い描くヒーローを半にゃライダーに求め そして重ねて…
「ねぇ 半にゃライダーって ホントはいないのかな 誰も子猫其の儘の半にゃライダーを見てくれないのかな。」
半にゃライダーを止めてしまって 唯の猫になっても 誰も気付かないのかな…
「明日のお昼頃 私たちは 次の街に行くの 一緒に行く積りがあるのならば あの出会った場所にお昼にきて。」
お姉さんは 確かめる様にゆっくりと話し 子猫の頭を撫で 見詰める…・・・・
「さてと終わったーーー ラーメン ラーメン 小腹がすいたし ラーメン屋に直行」
やはり あの腹ペコ宣言はアリアさんだったのか… まぁ オレは異議なしだが。
「そうだな ホテルのチェックインには まだ早いし 時間をつぶすかな。
ちなみに私は 崇高にして至高 塩ラーメンを推す。」
ああっ ハロルドの本日の豆知識講座が始まりそうな 嫌な予感… いや 訂正 嫌な予定をヒシヒシと感じるので
太い横槍をぶっさして 話しを逸らし 時間つぶしに入った映画館を後にする。
ゾーラさんは 映画館ロービーの特設半にゃライダーグッズコーナーに貼りついて 剥がれない。
「まるで 鏡のようだな…」
ボソリと ハロルドが呟いた。
梅雨が始まったのだろうか 雨がそぼ降っている。
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